考えるな!感じろ!!とコンシャスネスカフェ:思想家コラムその8

僕の映画の上映会の後にコンシャスネスカフェといって 語り場をしています。

僕は、日本人のほとんどは話し合うことをしたことがないし、話し合えないと思っています。




話し合うとは何かというと、お互いの意見を次元上昇させて解を出すことだと思います。

そのことを哲学では「止揚」と呼んでいます。

話し合いは、言い合いでもなければ、おしゃべりでもありません。

民主主義って具体的に何するんですか?

と言ったら

「話し合う」ことしかすることは、ないと思います。

議会制民主主義というシステムを僕らは採用しているわけですが、議会でも話し合い以外していません。

国の最高機関であっても、残念ながら止揚になっているのを見たことがないです。

じゃあなぜ話し合いが出来ないのかというと

子供の時に、感受性を高めて自分の気持ちを話すということをしてこなかったからだと思います。

親に「あなたは今何を感じているのかをよく感じてごらん。それを言葉にしてごらん。」

と言われて育てられたか

それとも「思ったことを言うな」

と言われて育てられましたか?

日本では後者の方が圧倒的に多いと思います。

そもそも自分が何を感じているか、感じたことがないので、自分が何を感じているか分からない人が多いのではないかと思います。

じゃあその方達は自分が感じたことに従うのではなく、何に従って生きているかと言ったら、社会規範です。

つまり他人です。流行りとか、お金や名誉や地位のことです。

現代は、自然と共に感受性を高める前に、社会性を押し付けられます。

分かりやすいのは、お受験です。

相手が最初から答えを持っていて、それに応える訓練をさせられます。

感受性が育つ前に。

殺し屋の養成所みたいな感じがしてきました。

「感情は殺せ。

やられる前にやれ。」

そんな感じでしょうか。

つまり相手が答えを持っています。

出題者の意図を読み取って、という訓練です。

自分の外側に答えを求める訓練を三つ子の魂の時からやっています。

その結果、話し合う前に忖度する国が形成されています。

察しろ、空気を読め

と言われて育てられてきました。

ただ答えは自分の中にしかありません。(ここ重要です。)

あなたが今何歳であろうが「自分が何を感じているのか」ここからスタートするしかないです。

そうしない限り、自分の意見を持つことが出来ません。

そして相手の話を聞くことも出来ません。

日本では自分の意見を言ったら嫌われるのではないか?という恐怖を持った人が多いですが、日本以外では自分の意見のない人が一番軽視され見下される対象になっていると思います。




自分が感じていることを感じる=自分が何をしたら喜ぶのかを知ること。

そして、それを言語化すること。

これが出来ないのに、話し合うことだけはできるという人はいません。

もう一度言いますが、話し合いとは言い合いでもおしゃべりでも、本に書いてあったことを言うことでも、人に命令されたことを言うことでもありません。

なぜここまで話し合うことにこだわるのかと言ったら他にやることがないからです。

他には解決する方法がない、する行動がないと言ってもいいかもしれません。

もし私が「こんなことで困っているんです。どうしたらいいでしょうか?」と人から質問されたら

「それは、話し合うことです。」

と答えます。

またその後に同じ方から「小楠さんの言われた通り話し合ってみたんですけどダメでした。どうしたらいいですか?」と聞かれたら

私は「また話し合ってください。」としか答えられません。

で、本当にどうしようもない状態というのは、話しあえなくなった状態ではないのかなと思います。

みなさん、身に覚えはないでしょうか?






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