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幸せに生きずにはいられない方法そして政治との関係 : 思想家コラムその4





今回は「幸せに生きる方法」についてお話をしていきます。


本人はなぜかわからないけど、あまり幸せではないという方が多いです。


それはなぜかというと「面倒さ」を手放してしまっているからなんです。


戦後物のない時代に「安全・快適・便利」が人を幸せにしてくれる時代がありました。


映画「火垂るの墓」の世界では、とにかく食べるものがありませんでした。


そんな中では誰でも「安全・快適・便利」が「善」だと感じます。


ただそれは戦後の世界の話で、物で溢れた現代にはそれは当たりません。


面倒さであったり、仲間と困難を克服していく中に幸せがあります。


そしてそれが物質的な価値にもつながっていきます。


現代は「精神的価値の貧困」の時代です。


みな精神的価値がもらえず、苦しんでいます。


現代は、役割が少なくなってしまいました。


「あなたじゃないと」とは誰も言ってくれません。





物で溢れた「安全・快適・便利」がそうさせています。


例えば、自販機が一台できれば、飲み物を売っていた人の「役割」という椅子がなくなります。


地下鉄が1本できたら、何人の椅子が減るのでしょうか?


日々椅子は減っています。


繰り返しになりますが、面倒さであったり、仲間と困難を克服していく中に幸せがあります。


そしてそれは「物質的価値」とも直結しています。


ただ現代は作る必要のあるものが、少なくなってしまいました。


食べ物は650万トン捨てて、服は36億着作って31億着捨てています。


20年後には3軒に1軒は空き家になるそうです。


でもみんな毎日仕事に行っています。


考えると不思議です。


そんなに物で溢れているのに、現代人は狩猟で生きていた縄文時代に生きていた人よりも働いています。


そして私たちは10万年ほど進化していません。(縄文時代の人とは私たちのことです。)


もし、その時代の人が現代の都会にタイムスリップしてきたら、ストレスで10分くらいで死んでしまうのではないでしょうか?


現代人に枯渇しているのは「精神的価値」です。


モノでそれを埋めることはできません。


自分が望んでいるものは


「あなたじゃなきゃ」とか


「あなたのおかげで」とか


「あなたがいてくれたおかげで」とか


そういった精神的価値であり、モノではそれは埋められないということが分かるだけでも救われる方は多いのではないのかなと思いこのコラムを書きました。


そこでもう一つ気づくことは、そんな大きなことをしなくてもいいし、多くの人は望んでいないということです。


そして、精神的価値は絶対に「他人からしかもらえない」ということです。


精神的価値は、自分の中からはわいてきません。


現代の、能力Up、個人主義、能力主義、「安全、快適、便利」とは人間関係を断ち切っている面もあります。


人間関係という人と人の間からしか「精神的価値」は発生しません。


つまり「与え合う」という行動の中にしか「精神的価値」は発生しません。


与え合うという価値の交換が、ものがない時代や国には必然です。


そうしないと生きていけないからです。


物で溢れた「安全、快適、便利」な先進国に自殺者や鬱の方が多くて

発展途上国にはそういう人が少なく「幸福度」が高いのはそういう理由です。


政治や仕組みや制度を変えよう。


それも分かります。


与え合う・・・。


「与え合う」という気持ち抜きで、それを進めようとしている人が多くいるので、給付金を配ろうが、税金を多くしたり減らしても、法律を作っても世の中がよくなりません。


政治で社会がよくならない理由の一つはそういうことです。





そんなことをオンライン講座でお伝えしています。

思想家のおぐすと心理カウンセラーの片田智也さんとで対談形式でお伝えしています。











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