【誰かに習う必要はない。権威よさようなら。学校に行く必要はない。】思想家コラムその12

以前コラムの中で、自分の外に答えがあってそれに応えることが人生の成功法則だったというお話をしました。

じゃあ現代はどんな時代なのかというと、簡単にいうと「ヒエラルキーが溶けている時代」です。

前時代は「学歴、職歴、地位、名誉、資格、ブランドもの、海外旅行・・・」とヒエラルキーの時代でした。

今もそれは続いていて、学生が男子は学ランという「軍服」を着て、女子は「セーラー服」という水兵さんの格好をしています。



日本は不思議なことに学生がみんな軍人の格好を今でもしています。

じゃあヒエラルキーが「悪」かといったら全くそんなことはなく、その時代には必要でした。

その時代とは何かと言ったら「物のない時代」です。

朝の連ドラ「おしん」で有名な、世界遺産にも


なっている「富岡製糸場」にはヒエラルキーが必要でした。

ラジオでもお話させていただいています





そして軍隊のような場所にもヒエラルキーが必要です。

どういうことかというと、それぞれが自分の判断で行動して良いっていう軍隊がもし戦争したらどうなるでしょうか?

おれは寝るとか、おれは原爆を撃つとか、急にマシンガンを撃つとかしだしたら、その部隊は5分で全滅だと思います。

軍隊というのは極端な例ですが、命令系統と役割というヒエラルキーがないとみんな死んでしまいます。

物のないときにはみんなで協力しあって計画生産をしなければなりません。

そうしないと死んでしまいます。

そのときにはヒエラルキーが必要で、ある程度安定してきた時には、ヒエラルキーという仕組みが残存して幅を利かすと思います。

それがここまでの社会だったと思います。

現代は物質的に満ち溢れ、その結果として「多様化」の時代になっています。

思想ではなく、物質の充足が「多様化」を作っています。(ここ重要です)

もし食べ物がなくなれば、全く一緒ではないですが元の仕組みに戻っていきます。

話は戻りますが、現代は「ヒエラルキーが溶けている時代」です。

先日、お菓子を自分で作ってマルシェで販売している女性に会いました。

お客さんとこんな会話をしていました。

お客さん「お菓子作りは、どこか学校で習ったりお店で修行されたんですか?」

女性「いいえ。自分で覚えました。」

お客さん「どこか店舗とかがあって、そこで作っているんですか?」

女性「いいえ。家で作って週何日かこのマルシェに出店させてもらって、あとはSNSで宣伝してネットで販売しています。」

この話のどこにヒエラルキーが必要なんでしょうか?

このお客さんもこういった回答が来るだろうということは大方予想はついていたと思うんですが、おそらく昔の思考のクセで聞いてしまったんじゃないでしょうか?

じゃあなぜ昔は、学校に行ったり修行をしたりしていたのかというと、物や情報や技術がそこに行かないとなかったからじゃないのかなと思いました。

高温で焼けるオーブンとかそういった機械や道具が昔は個人では所有できなかったんだと思います。

だからそういうところに昔は学校に行っていただけで、今の子供達は感覚的にそういったところ(学校のことです)に行く必要がないということに気がついているんだと思います。

だから学校に行きたくないという子供が増えているんだと思います。

ただ彼らは子供なので、それを言語化できません。

理由は言語化できない「でも行きたくない」し「いく必要もないんじゃないのか?」ということだけは感覚的にはわかる。

大人に「同じ年代の子供と触れ合った方がいいよ」と話をすり替えられても、それとこれは別の話だろと言語化はできないけど、彼らは分かっています。

そんな現象が起きているのではないでしょうか?

大人がここまでの話を認識するだけで、この子供たちも少しは楽になるのではないのかなと思います。

ヒエラルキーは当然、大人たちの社会の中でも溶けています。

最初からものに溢れた世界で生まれた人たちに「金と名誉と地位」が通用しなくなっています。

ただ会社や役所といった組織も「ヒエラルキー」で稼働し「金と名誉と地位」をやるから働けという仕組みで動いています。

現代は物質で溢れていて、ヒエラルキーを最大限稼働してまで作るものはもうないし、生まれた時から何不自由ない人たちに「金と名誉と地位」を見せても興味を示してくれません。

企業も「ヒエラルキー」を維持するのにすごく苦労していると思います。

ついに全員が、TV局、ラジオ局、出版社、芸能人、有名人・・・といったなりたいものになれる時代に入りました。

スマホとYouTubeといったSNSがあれば、誰でも今すぐ世界生配信ができます。ラジオアプリもたくさんあります。Amazonがあれば本も出し放題。SNSで有名人。

そのことを思うと、昔はとにかく物がなかったんだと思います。

もちろんその時は、そうは思っていませんでした。

ネットのない時代にもし世界生配信をしようと思ったら、最低でも数百億円を持って何年もかけて総務省から電波使用の許可をもらい、1台300万円くらいするカメラを使い1台数千万円する中継車を買わなければ出来なかったと思います。

今はスマホ1台で誰でも無料で同じことができます。今すぐに。

それを世界中の人が観ています。

芸能人が出演して数百万のカメラでスタジオで撮っている番組ではなく、自宅でスマホでYouTuberがしゃべっているのをみんなが観ています。

当然視聴者側のヒエラルキーも溶けています。

こんな時代に、死ぬような訓練をして「高学歴」を目指し「上場企業に就職しろ」と言われて「なるほど。そうだよな。」と思える子供がそんなにいるか?ということです。

気軽に入れるならまだしも、死に物狂いでやらなければそんなところ入れません。

しかも死に物狂いで入るところが「国立〇〇大学 文学部、経済学部、政治学部とか」誰一人そのことに興味がない人が入るところです。

慶應大学〇〇学部とか、早稲田大学〇〇学部とか入れたらすごいんでしょうが、学歴をもらうためだけの入学と卒業です。

そんなことはみんな子供でも分かっています。

そしてそこを卒業した後「上場企業」に入り人に言われたことを毎日やる。お金のために。

子供たちはみんな気がついています。

権威とヒエラルキーよさようなら。

何かを学ぶのに学校に行く必要はない。

金と名誉と地位もいらない。

ここまで書いたことは私の考えではなく、このような構造が事実社会に存在するということです。

それを大人が少しでも認識することによって、楽になる子供はいるんじゃないのかなと思いこの文章を書きました。

【誰かに習う必要はない。権威よさようなら。学校に行く必要はない。】



 


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