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【死に神】は神:コラム再会

最近僕の格闘技の先生であり人生の師匠が亡くなりました。

それから少しして、別の友人が亡くなりました。

ぼくの先生は、レスリング全米選手権で優勝し、世界では殿堂入りをしています。指導者としても、山本キッド選手、須藤元気選手、五味隆典選手、桜井マッハ選手・・・と数々の強豪選手を輩出しています。

豪傑を絵に描いたような方なので、数々の伝説も残しています。


ここ2年ほど先生のインタビュー映像を撮ってきました。

ただ、生きている間にもっと出来たことがあったんじゃないのかなと今は思っています。というか、先生が生きている間にどうすれば良かったのかを今も考えています。

先生に定期的に会い、話をする中で僕が先生に

「先生はすごく価値があります。だから僕は来てるんですよ。」と言ったらすごくびっくりした顔をしていました。

先生が亡くなった今、その伝説と逸話も先生に直接聞くことは出来ません。

誰かの記憶の中と写真や紙の資料と僕が撮ったインタビュー・・・の中にだけ残っています。

もし先生が「映画を作ろう」もしくは「対談映像をどんどん撮ろう」と言えばぼくもどんどんやっていたと思います。アイディアを出すところまではお互い届きますが、それをどうしてもやろうというところまではお互いに熱意が届きませんでした。今思うと先生もその時すでに体が弱っていたのかもしれません。

2021年3月8日にインタビューをして、おそらくそれが最後の映像になったと思います。

先生がこんなすぐに亡くなるとは思っていませんでした。亡くなってお話が聞けなくなった今、自分がベストを尽くせていたのかを自分に今問いています。

そうこうしている時に、別の友人が癌で闘病生活に入りました。友人はまだ若いので、私は正直治ると思っていました。ただ自分に問いていた最中だったので、行動するまで数日かかりましたが、「医者である僕の奥さんとテレビ電話で話されますか?」と彼にメールで聞いてみました。

彼からは「お気遣いありがとうございます。今のままで何とか大丈夫です。」という返信でした。

他に浮かばなかったので、私はいくばくかの金額を彼に送金しました。

今度は彼に「おせっかいですが他の友人にも寄付してくれるかメールで聞いてみますか?」とメールで聞いてみました。

彼から「農産物の売り上げを今年は諦めてしまったので助かります。よろしくお願いします。」という返事が来ました。

共通の友人何人かに「彼に治療費、これからの生活費のための寄付をしていただけたら」というメールを送りました。

そして、これが彼から僕への最後のメールでした。

「小楠さん本当にありがとうございます。よろしくお願いします。」

人生のルールは等価交換です。

シーソーのようにお互いに価値を交換し合うことが人間関係です。ホストクラブ通いのような価値の一方通行は人間関係とは呼びません。

最後に彼と精神的価値の交換ができたことが嬉しかったです。




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